フリーランスはヒマなのだ

フリーランスのお友だち〜本・映画・テレビ・ネット

俺はまだ本気出してない、と言い続けていつしか50代。奇跡を見せる資格ができました

「今でしょ」のあの人が教えているTハイスクールの映像授業。
生でなく、映像授業でモチベーションや集中力が保てるのだろうか、勉強が身につくのだろうかと、昭和のど真ん中で受験を戦ってきたオヤジは疑問を感じちゃったりするのですが、いやいやどうしてかなり効果はあるようです。
高3の時、Tハイスクールに通い、W大に現役合格した息子も、「合格は、Tのおかげ」 と、そう明言していました。
 
 
メソッドの効果を実感したものの、受験を終えてしまえばハイそれまでよ、となってしまうのが平凡な親のもとに生まれ育った平凡な大学生なのでしょうが、この本の著者・税所篤快くんは違った。
高校時代偏差値28でありながら、一発奮起してTハイスクールに通い、同じくW大に見事合格を果たしました。
映像授業の効果を身を持って体感した彼は、十分な教育が受けられない発展途上国で、同じような映像授業を提供したら、と思いつくのです。

 

「最高の授業」を、世界の果てまで届けよう

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突破力と無力 挑戦し続ければ世界はきっと変わる!

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誰もがいろいろなアイデアを思いつきます。でもその多くが思いつきのまま永遠に引き出しの奥にしまわれ化石化してしまいます。
 
税所くんは違った。
即、バングラデシュに飛び、グラミン銀行の総裁に会い、映像授業のアイデアを伝え「Do it!  Do it! Go ahead!」と後押しを受け、ダッカの有名講師を口説き、授業を撮影し、貧しい農村の若者に提供したのです。
その結果、30人中18人が大学に合格し、「村の奇跡」とさえ呼ばれました。
 
その活動は(途中、資金難やら挫折やら支援先の撤退やらで挫けそうになりながらも)ルワンダパレスチナ、フィリピン、ハンガリーへと、今も広がり続けているといいます。
 
 
常に問題意識を持ち、課題を発見し、自分を高めてくれる人との出会いを逃さず、同じ方向に向かう仲間と出会い、そして自分を信じて動き続ける。
そのすさまじいエネルギーと素晴らしい行動力。
今まだ彼は20代で、自分とは親子ほど年は離れています。
こうした素晴らしい活動に触れると、悲しいかな彼にできて自分にできない理由や言い訳を、なんとしてでも探しだそうとしてしまいます。
 
そのひとつが年齢。
「若いっていいな」「若いからできるんだ」と。
 
 
同時に、こんな残酷な問いかけもどこかから聞こえてきます。
じゃあ30年前だったらお前はできたのか。
 
都合の悪い問いかけは、聞こえないふりをします。
自分のことは自分がいちばんよく知っているからです。
若くたって、20代だとしても、自分にはもともと税所くんのようなエネルギーも行動力もないってことを。
 
 
 
歌人穂村弘がエッセイでこんなことを書いています。(『蚊がいる』より「清張ライン、伊能ライン」)
 
彼は高校生の頃、自分には絶対的創作の才能があると信じていました。でも何も形にはしていない。失敗して自分には才能がないことが明らかになってしまうのが怖くて何もしていなかった。何もしなくても時間は流れていく。大学生になり会社員になり、同世代の人間が次々とデビューをしていく。
あの人が代表作を発表したのは30歳、まだ大丈夫。あの人が世に知られるようになったのは27歳、ああもう過ぎてしまった。目標とする年齢を、何もしないまま次々と越えていきどんどんと焦っていく。そこで穂村弘がしたのは、目標とする年齢ラインの修正。
まだ自分には清張ラインがある。それは松本清張がデビューした43歳。しかし清張ラインも超えてしまうと、次は56歳で測量を始めた伊能忠敬の伊能ラインに希望を託します。

 

 

蚊がいる (角川文庫)

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エッセイはこんな一行で閉じられています。
 
私にはまだ伊能ラインが残っている。よかった、よかった、のかな。
 

 

 
この短いエッセイ、ズシリときました。なんたって自分も10代の頃、同じようなことを考えていたから。
 
高校の時、自分よりも少し上の世代で、小説では村上龍村上春樹田中康夫、映画界では大森一樹森田芳光黒沢清なんかが次々とデビューしました。
ああ、もう少しで彼らと同じ年齢になる、その時はきっとオレも。
 
でも、大学を卒業し、社会人になった頃からか、そんなこと考えもしなくなってしまった。
 
「現実」という壁の大きさに気づいたからだと思います。
 
日々の仕事に取り組むのに目一杯(言いかえれば、忙しさを言い訳にした先送り)
日々の努力も積み重ねもないのにひとかどになれるわけもない(言いかえれば、根性なし)
 
何もしなければ何もできなく時間だけが過ぎていく、当たり前のことです。
 
 
でもね、思うんです。
最近本業以外のところで若い人たちと話をする機会が増えました。
みんな前を向いています。大なり小なり目標を描いていて人それぞれ歩幅は異なるけれど、着実に歩みを進めています。年齢という最大のアドバンテージを活かして生きています。
 
そんな彼らに向かって、
「若いうちだ、なんでもできる」「今だったらいくら失敗してもいい」「どんどんチャレンジすべきだ」
などと口にしたりしています。薄っぺらいな~と思いながら口にしています。何もしてこなかった自分のコトバに説得力がないにもかかわらず口から出ちゃったりしています。
 
 
 
「最高の授業を世界の果てまで」の巻末に、税所くんと
米倉誠一郎氏と田村耕太郎氏による鼎談が載っています。そのなかで、
 
成し遂げる人には突き動かされる本能的な衝動がある、と田村氏が言っていました。
 
税所くんの場合、それは失恋。
 
人によってそれは、敗北・絶望・飢餓感・危機感・焦燥・嫉妬・孤独…
 
 
今さらなのか、今からなのかを決めるのは、自分。
何が足りないのかどこを変えるべきかを知っているのも、自分。
 
 
こんな時思い出してしまうのが、連続テレビ小説カーネーション」の、こんな台詞です。
 
「年とるっちゅうことはな、奇跡を見せる資格がつくっちゅうことなんや。例えば、若い子らが元気に走り回ってたかて、なんもビックリせえへんけど、100才が走り回ってたら、こら、ほんだけで奇跡やろ」

 

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ここでいう奇跡を超自然的現象なんて捉えたら、結局なにも始まらない。そこだけは気をつけよう。