フリーランスはヒマなのだ

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「そうして私たちはプールを金魚に、」に抹殺された【いつかきっと】の金魚事件

「プールに金魚を放して一緒に泳げば楽しいと思った」
 
2012年夏、埼玉県狭山市で、4人の女子中学生が夏祭りで余った金魚を譲り受け、学校のプールに放す、という事件が起きました。
 
当時そのニュースに接し、真っ先に頭に浮かんだのは、
青く光るプールに浮かぶ仰向けの女子中学生たちの小さな身体と、その周りを自在に泳ぐ数百匹の金魚、というビジュアルでした。
 
そんな想像が膨らんでしまったらもういけません、この<女子中学生金魚事件>は自分のなかの【いつかきっと】フォルダに保存です。
 
 
いつかきっといつかきっといつかきっと。
 
一年に一回ほどフォルダから引っ張り出してあれこれ想像を走らせますが、大して膨らみもしないまま再びフォルダに保存し直して、またいつかきっといつかきっとと、<女子中学生金魚事件>は熟成の眠りにつきました。
 
 
それから4年後の2016年、ショッキングなニュースが飛び込んできました。
この<女子中学生金魚事件>が映画化されたのです、しかも!サンダンス映画祭ショートフィルム部門グランプリという栄誉とともに。
 
タイトルは、「そうして私たちは金魚をプールに、」
うわ、まんまじゃん。
あまりにもまんま過ぎてもう逃れようありません。
 
自分のなかの<女子中学生金魚事件>は、もうこれで永久にフォルダから出されることはなくなりました。抹殺です。
(忘れた頃の20年後辺りにまた復活するかもしれませんがとりあえず)
 
 
 
こういうときなんて叫べばいい?
先を越された!?
なーんてセリフはどの面さげて言える?言えやしない。先を越されるもなにも、ただ<気になる>と心のなかで思っていただけで、同じスタートラインにさえ立っていなかったのだから。戦いの場に立つことさえしない完全敗北者です。
 
 
 
結局前に進むことのできる人と立ち止まってばかりの人との差はここにあるんでしょうね。
いくら頭ン中に、とんでもないぶったまげる時代を鋭く切り立った、そんな発想が渦巻いててもカタチにしなけりゃ無いと一緒。
いつかきっといつかきっとと思い続けてなにもしなければなにも生まれない。
 
そうこうしている内に、どこかのパワフルな人がカタチにしたら「先越された」「俺も同じこと考えてたんだ」と醜いいいわけを口にするのがオチ。
 
 
見る前に翔べ!
 
分かってます、分かってますって。
分かっていてもやれない人もいるんです、ここに。
もしも〜だったら、〜になったら、〜してからのほうがいいな、と計画だけはしっかり人間。
To Doリストばかり作っては安心しちゃうスケジュール人間。
 
人生本、啓発本にはそんな人たちの背中を押してくれそうなタイトルがズラリと並んでいます。それだけ<行動になかなか移せない>人がいるってことか。
 
読んだあとは「よし!やっぱり!まずは行動!」とその気になるが、結局は邪魔するのは「性格」ってやつ。
 
翔べない者は自分からは翔べない。
周りからそういう状況に追い込められないと翔べない。
仕事だったら、締切や信頼関係や生活のために跳べるんだけどね。
 
 
 
 
で、この映画「そうして私たちは金魚をプールに、」
 
内容もショッキングでした。そうか、こう来たか。
 
演じた子たちがどれだけセリフや行動に共感したかなんて、おそらく監督にしたらどうでもいいこと。
監督の長久氏はインタビューでも「自己満足」と応えているから、俺はこうだ!で押し通しているところが心地よい。
 
 
夏祭りの夜店の木枠の中で窮屈そうに泳ぐ金魚の開放は、狭山という閉塞感たっぷりの街でくすぶる自分たちの開放、と言いように無理やりテーマらしきものを見出すことできるけど、そんなのホントはどうでもいいんだろうな。ただやりたかったことをやった、というだけのような感じで、それでも「私はいま生きている」と。
 
 
およそ20年前の映画「ラブ&ポップ」(庵野秀明)を思い出してしまった。
モノ目線のカメラ、モノローグ、強引奈カット割りと編集、そしてなんといってもラストの4人歩きの正面受けドリー。
意識したのかどうかは知りませんが「ラブ&ポップ」の匂いがプンプンしてきてまた見直そうという気分です。

 

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