フリーランスはヒマなのだ

フリーランスのお友だち〜本・映画・テレビ・ネット

バレンタインデーの小さな奇跡

「学校」という場が生活の半分以上を占めていたあの時代の2月14日、男子たちはところどころで小さな芝居を繰り広げていた。
自転車置き場、下駄箱、体育館裏などでなぜか一人になりたがり、そしていつもより少しだけ長めに、靴紐もなんども締めなおしたり、自転車のタイヤの空気を確かめたりと、その場所にとどまる必然性を演出していた。
にもかかわらず、多くの演技が空振りに終わり、チョコレートを手にすることなく帰路についた。ため息がカレンダーをめくり、日付は15日に替わった。
 
 
 
「学校」という場から離れ、大人になっても、自転車置場は変わらずドラマを見せてくれます。
 
2018年2月14日の朝、最寄り駅の駐輪場での出来事です。
 
その駐輪場では、蛍光色のジャンパーを着た高齢者の方が2名、朝の時間帯はいつも自転車の整理をしてくれています。
その日の朝、自転車を停め、駅へと向かおうとした私とすれ違いに、ひとりの中年女性が駐輪場に駆け込んできました。
 
彼女は蛍光色おじさんたちに小走りで近寄ると、手にした小さな紙袋からなにかを取り出し手渡しました。
 
「なに?」と不思議がるおじさんたちに「バレンタインデーですから」と彼女。
つづけて「いつもありがとうございます」とお礼を述べる声が聞こえました。
 
私は電車の時間が迫っていたのでそれ以降の会話を聞くことは出来ませんでした。
でも、おそらく微笑ましく、ときおり年寄りらしい冗談を交えた会話が交わされたことだろうと想像できます。
 
 
チョコレートメーカーのGODIVAが「義理チョコをやめよう」という新聞広告を出しました。
義理であろうが本命であろうが、もらえるものはなんでも頂きます主義の自分は、この主張に賛成でも反対でもありません。
 
 
ただひとつ、2月14日朝に出くわした駐輪場での光景に「義理」の匂いは一切ありませんでした。
 
電車の時間が迫っているとついつい自転車を小さな隙間に押し込んだまま駅へと急ぎます。少し斜めになっていてもそのままにして駅へと急ぎます。
でも帰るころ、自転車はきちんと規則正しく並べられています。
 
もちろん自転車自らが自動で整列するわけもなく、誰かがやってくれています。
 
 
自分にとってその「誰か」は名前も住所もなにも知らない「誰か」でしかなかったのですが、その日チョコレートを持ってきた彼女にとっては「誰か」ではなく、「感謝」の対象でした。
その中年女性はいつも自転車を停め、おじさんたちに出会うたび「ありがとう」と口にしていたのでしょう。
そしてコトバではなく、形にして表せる日。それが2月14日だった、ということです。
 
 
どうせ自転車並べても並べるところを誰かが見ていてくれるわけでもなし、ましてや感謝されるわけでもなしと、直接的な評価が得られない行為にモチベーションを与えるのはなかなかに難しいものです。
 
でも、どこかで誰かがたしかに見てくれている。
 
そんなことを証明する日、それが私が出会った2018年2月14日でした。