サンタクロースが現行犯で捕獲されない理由

サンタは、ため息とともにつぶやいた。

もしかして、これも少子化の影響なのか。最近どうも自分の存在を信じている子どもの数が減ってきたような気がする。

たしかに子どもの数そのものが減れば、相対的に信じている子の数も減るかもしれない。

それにしても、信じる、ということの尊さが薄れてきたような気がすると、サンタは思った。

 

困っている人だと信じて声をかけたのに、知っている人だから信じて挨拶したのに、

それなのに‥‥。

 

これじゃあ、人を信じろ、という言葉に説得力なんてありゃしない。

そういえばと、サンタは古い友人、メロスがいつか語っていたことを思い出した。

 

メロスが訪れたある村の王様に言われたらしい。

「疑うのが正当の心構えだ。人の心はあてにならない。人間はもともと私欲のかた

まりだ。信じてはならぬ」

メロスからこの言葉を聞いた時、いくら王様が言うことだからといって、そんなの信

じちゃダメだって笑っていたのに。

 

 

ため息の理由は、もうひとつある。

毎年12月のはじめになると、窓を開け、夜空に向かって叫ぶ子どもたちがいる。

プレゼントのリクエストだ。

 

でも、25日を過ぎてから、「ありがとう」と叫ぶ子どもは、ほとんどいない。

別に感謝してもらいたいから、サンタという仕事をしているわけじゃないが、むくわ

れないと正直さびしい。

 

ため息がふたつも出てしまった。

一度サンタの仕事を辞めてみたら、どうなるのだろう。サンタはふと思った。

毎年サンタは来るもんだ、と思っている当たり前に、ちょっと抵抗してみよう。

案外なにごともなく、25日26日が来たりして。

それはそれで寂しいことではあるが、試してみても悪くはない。

そんな気まぐれな思いが、サンタの脳裏をかすめた。

 

サンタの横では、長年のパートナーであるルドルフが、心配そうな顔でサンタを見

つめている。

サンタは、ルドルフを見つめて言った。

「よし、ルドルフ、今年は休もう。ソリの準備はしなくてよし!」

 

まさか!

ルドルフは驚いた。

サンタがサンタの仕事をしない、それじゃあ、サンタじゃないじゃないか。

ルドルフは赤い鼻を、よりいっそう真っ赤にして、大きく首を振った。

 

 

 

その瞬間、アメリカ・コロラドスプリングスにある北米航空宇宙防衛司令部(NORA

D)サンタ追跡センターの、<トナカイ赤鼻赤外線感知器>が大きな音を発した。

 

のんびりドーナツを味わっていたスタッフに緊張が走った。ひとりが唇の端に砂糖を

つけたまま、マイクに向かって叫んだ。

 

「トナカイ赤鼻感知!トナカイ赤鼻感知!サンタクロース発進開始!」

 

ドーナツ混じりの指令を受けたF-16戦闘機が、スクランブル発進体勢に入った。

1958年から毎年行われている「サンタクロース追跡作戦」が、こうして今年も始まった。

 

 

 

 

ルドルフは悲しかった。いや、ルドルフだけではない。

ダッシャー、ダン、プランサー、コメット、キューピッド、ダナーら、トナカイすべてが

一斉に騒ぎ出した。皆、サンタに向かって口々に叫んでいる。

サンタは、思わぬ反応に慌てた。

「どうしたんだみんな、そんなに騒ぐことないじゃないか」

トナカイを代表して、ルドルフは言った。

「いつも通り行きましょう。みんなが待っていますよ」

「みんなが待ってるなんて、思い込みなんじゃないか。それに、信じる心なんて、誰

も持っていないような気がするんだ」

サンタは投げ捨てるようにつぶやいた。

「だからこそ、私たちが必要なんじゃないですか」

「私である必要がどこにあるんだ」

「あるんです。耳をすませてください。聞こえてきませんか」

ルドルフは、サンタの顔をまばたきひとつせずに、じっと見つめて言った。

「子どもたちの、いえ、子どもだけじゃありません。私たちを待つ人たちの、ドキドキワクワクと、高鳴る胸の鼓動が」

サンタはチラリと視線を地上に送った。

「ドキドキワクワク‥」

「ええ、ドキドキワクワクすると、身体が熱くなります。身体の中から外へ、激しい思

いが浮き出してきます。その思いは、そう、ウキウキへと変わります。ほら、見てくだ

さい」

 

ルドルフは、二本の角をはるか地上に向けた。ルドルフだけではない。すべてのトナ

カイが同じように角をつき出している。

「見えますか?」

角が示す先に、なにやら浮かんでいる。それは、白く輝く、星のようなドキドキや、

ゆっくりと漂う、布のようなワクワクや、風に舞う、ダンスのようなウキウキだった。

 

「信じる心が弱くなってきているのなら、強くしてあげればいいじゃないですか」

「私にそんな力はない」

「あなたが毎年届けてきたプレゼントはなんですか」

「子供たちが欲しいと、窓から叫んでいたもの‥だが」

「違います。信じることの大切さです。さあ」

 

いつしか仲間のトナカイは、二列縦隊で出発体勢を整えていた。居並ぶトナカイた

ちの鼻は、どれも赤く輝いていた。あと足りないのは、主人の号令だけである。

 

 

 

 

NORADのレーダーシステムは、ルドルフの赤鼻から発せられる熱を確実にとらえ

ていた。F-16戦闘機のパイロットは、コクピットディスプレイに映し出される刻点が

例年よりも激しく点滅していることに気づいた。

「おや?今年は熱いぞ」

ディスプレイの点滅は、さらに激しくなっていった。

 

 

 

 

 

走れサンタ。ルドルフよ、いざ進め!

サンタは、今、気づいた。

裏切りは信頼を捨てさる。信頼はさらなる信頼を生む。

私の使命は、信じる心を後押しすることだ。

サンタは、今までしてきたことを振り返ってみた。

過去、何人の子どもたちに、夢と希望を与えてきたのだろう。

彼らはきっと大人になってもそれを忘れてはいないだろう。

それが私の自慢だ。

それが私の誇りだ。

私を信じる子が世界でたったひとりになったとしても、私はその子のために走り続

けよう。

走れ!サンタ。ルドルフよ、いざ導け!

夜明けまでにはまだ時間がある。

私が向かう先に、私を、待っている人がいる。

少しも疑わず、深い眠りのなかで、私を夢見ている人がいる。

 

私は、信じられている。今はただその信頼に応えることだけを考えよう。

メロスよ、王の言葉は真実ではない。

私は信じられている。私は信頼されている。

雲をかき分け、雪を溶かし、輝くドキドキに励まされ、漂うワクワクに包まれ、舞うウ

キウキに背中を押され、サンタは信じる者のもとへと走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は目覚めた。

夜明けは遠いのか、部屋はまだ暗い。

窓から差し込むかすかな月明かりと、片隅で点滅するツリーの電飾だけが、静か

な空間を照らしている。

少女の寝ぼけ眼に、シルエットが映った。

音を立てぬようひざまずき、四角い箱らしきものを、ツリーの根元に置こうとしてい

る後ろ姿が。

「あなたサンタなの?」

思わぬ声に、シルエットは動きを止めた。顔を伏せながら、小さくうなずいた。

「赤い服じゃないのね?忘れたの?」

シルエットは、少女に背中を向けたまま動かない。

「ねえ、そこのタンスのなかに赤いマントあるわよ。パパがこの前クリスマスパーテ

ィで着たやつ。貸してあげる」

少女の静かな声は、となりの部屋で息を殺している一人の女性の耳にも届いた。

女性は微笑まざるを得なかった。微笑みながらも考えた。

さて、このあとどうしようか、と。

 

 

 

 

 

Fー16戦闘機はついにサンタを視界にとらえた。

パイロットは、この手柄に興奮を隠せない。NORADがサンタクロース追跡作戦を

はじめて以来、サンタを視界にとらえたという報告は、誰からもされていない。

もしかすると自分がはじめてなのか。

喉が渇く。

本部への交信を始めようとした。

が、思いとどまった。

レーダーに従えば、簡単にサンタはキャッチできる。こんなにも簡単に。

なのに、なぜ今まで誰もとらえることができなかったのか。疑念が脳裏をかすめた。

すでに肉眼で把握できる距離をサンタは走っている。

サンタを発見して、そのあといったいどうするというのか。捕捉命令に従うのだろうか。

パイロットは交信スイッチをオンにした。マイクに向かった。

「サンタ、視界より消失。くり返します。サンタ、視界より消失。帰還します帰還します」

そしてレーダーシステムを、オフにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンタクロース追跡が今年もまたはじまった

www.noradsanta.org