美談の影にあるもの。映画「歩いても歩いても」見たら小説「横道世之介」を思い出してしまった。

是枝裕和の映画「歩いても歩いても」のなかにこんなシーンがあります。

 

歩いても 歩いても

歩いても 歩いても

 

 

原田芳雄樹木希林の老夫婦が住む家に、長女・YOU次男阿部寛が、それぞれ家族を連れて集まってきます。が、長男はそこにいません。なぜならその日は、長男の命日だから。
 
 
映画内で具体的なシーンとしては描かれていませんが、長男は10年以上前、海で溺れた少年を助けようとして命を失った、らしいです。
親夫婦は未だ「赤の他人」のために長男が命を捨てたことに納得できていません。
 
 
長男の命日にやってきたのは家族だけではありません。長男に助けられた男性もお参りに訪れました。(どうやら毎年欠かさず訪れているようです)
 
 
男性はかなり太っていて、ワイシャツには汗が滲み、靴下は汚れている。就職もままならずフリーターのようなもの。仏前に線香を上げた後、足がしびれてふらつくなど、典型的なダメキャラクターとして設定されています。
 
 
 
彼が帰った後、父・原田芳雄は吐き捨てるように言います。「あんな下らない奴のために」
 
 
次男阿部寛はその夜、母に提案します。「もう10年経つんだから、来年からは声かけなくてもいいんじゃないか、十分だろ」
母・樹木希林次男の提案を拒否し、きっぱりと言います。「ダメ」「だから呼ぶのよ」「忘れさせないために」
 
(うろ覚えで正確なやりとりではないかもしれませんが)つまりこういうこと。
長男は、アンタのために死んだのよ。忘れられちゃたまらない。絶対に忘れさせない!
 
 
 
 
映画には、描かれないバックストーリーの時間というものがあります。
 
 
この映画の場合、長男が事故で亡くなったその日からの時間が(描かれてはいませんが)延々と続いていて、その延々と続く時間があったからこそのセリフや行動が、2時間という上映時間のなかに表現されています。
 
 
描かれなかった10年前と10年間を想像してみましょう。
 
 
長男の事故は、おそらくニュースや報道で「美談」としてうたわれたことでしょう。
近所からも、偉いわね、できた長男ね、誇らしいわね、と陰日向囁かれたことでしょう。
 
 
原田芳雄樹木希林演じる親にとって「美談」なんていうコトバは嬉しくもなんともなく、慰めにもならず、そんなひと言で長男は戻ってくるはずもなく、簡単に片づけないでよ、です。
 
 
 
 
 
 
数年か前に踏切内で倒れた老人を助けようとして命を落とした女性がいました。感謝状が政府から贈られました。
 
 
官房長官が言うには「他人にあまり関心を払わない風潮の中で、自らの生命の危険を顧みずに救出に当たった行為を国民とともに胸に刻みたい」と。
 
 
 
ワイドショーや週刊誌や、もしくは近所の井戸端会議で「自らの生命の危険を顧みずに救出に当たった行為」を、偉いわね~尊敬するわ~と称えるのはかまいませんが、あまりに英雄視してしまうと、もしもそんな状況に直面しながらも行動に移せず最悪の事態となったしまった場合、なんら行動を起こさなかった「私」は、批判されちゃうんだろうか。
 
 
 
踏切にしろ線路にしろ海や川にしろ、絶対に助けられるという確信がない限り、自分だったら飛び込まないし飛び込めないし飛び込んじゃいけないと思う。ホントに紙一重。
 
 
「歩いても歩いても」のように助けられた者だけが生き残ってしまうのも、待ち受ける現実は厳しい。
 
 
 
「歩いても歩いても」のなかにこんなシークエンスがあったならどうでしょう。
 
 
長男の命日に家族が集ったその日、どこかで誰かが「美談的行為」で命を落としたとします。そのニュースを家族が目にします。
 
 
おそらく原田芳雄樹木希林の二人は、ニュースに向かって吐き捨てることでしょう。
 
 
「バカだよ」「バカだよアンタ。他人のために命なんか捨てるもんじゃないよ」
 
 
 
 
 
こうした美談をモデルとしたフィクションをもうひとつ思い出しました。
 
 
吉田修一の小説「横道世之介」です。
 
横道世之介 (文春文庫)

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主人公・世之介は、2001新大久保駅で、線路に落ちた人を助けようとして亡くなったカメラマンをモデルとしています。(韓国人青年と一緒に助けようとして共に命を落とした)
 
 
小説の殆どは、世之介の大学時代を描いていて、そこで出会った人たちが、何年後かに世之介が人を助けようとして亡くなった、という報道を見聞きするという構成になっています。
 
 
 
小説の最後に、世之介の母が大学時代世之介と交際していた女性に送った手紙が載っています。
こんな内容です。
 
 
 
 
どうして助けられるはずもないのに、あの子は線路なんかに飛び込んだんだろうかって。
あの子はきっと助けられると思ったんだろうなって。「ダメだ、助けられない」ではなくて、その瞬間、「大丈夫、助けられる」と思ったんだろうって。そして、そう思えた世之介を、おばさんはとても誇りに思うんです。
 
 
 
 
 
横道世之介」で、母は、他人のために命を落とした息子を誇りとしています。
 
 
どちらが正しい、どちらであるべきだ、なんてわかりません。
 
 
ただ、この小説のモデルであるカメラマンのお母さんは、話題となったことに対して「そっとしておいて欲しい」と語り、事件の数年後には、団地の自室で一人孤独に亡くなっているのが見つかったらしい、です。
 

 

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横道世之介

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