あいちトリエンナーレ【キャンディス・ブレイツ「ラヴ・ストーリー」】

 
キャンディス・ブレイツによる「ラヴ・ストーリー」

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そこは、ふたつの部屋で構成されています。

 
入ってすぐ、ひとつ目の部屋には、大きなスクリーンがあって、見ると、見知った顔の男性と女性がなにかを語っていました。
 
 
 
インタビューに答える形のふたりの語りは、断片的で、交互にカットバックが繰り返されます。
しばらく聞いている(字幕)と、おや、と妙な違和感を感じます。
 
 
いったい誰のことを話しているんだ?
 
 
断片を拾い集めると、どうやら難民である自分のストーリーのようです。

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国を逃げ出す?
難民?
 
しかも一人ではなく、幾人かのストーリーが混ざり合っている。
 
 
 
この語りの映像はかなり長い。
辛抱強く観ていると、不思議なことに途中途中、私的な会話も短く挿入されるのです。
 
 
「キャンディス(アーチストのこと)、質問なんだっけ?」
「この企画、最初は受けるの迷った」
「ちょっと休憩」などなど。
 
 
 
鑑賞者は、徐々にこの語りの正体に気づきはじめます。
 
実際の難民の物語を二人のハリウッド俳優が(あたかも本人のように)代わって語っているのだと。
 
これは演技?といっていいものなのか。
 
 
 
 
この作品は、
 
〜情報過多の時代では、情報の内容よりも、人々の興味や関心を惹くための技術が重要視されること〜『アテンション・エコノミー
 
をテーマとしています。
 
 
 
アーチストのキャンディス・ブレイツは、
(作者案内によると)
人々がセレブや架空の登場人物たちに強い共感を覚えるのと同時に、実世界で逆境に直面する人々に無関心である状況を徹底して批判する映像3部作を制作している。
 
「ラヴ・ストーリー」は3部作のひとつのようです。
 
 
 
アテンション・エコノミー』がテーマであることを表すためか、ふたりはこんなようなことも語っています。
 
 
「私たちが難民の話をしても聞いてはくれない」
「ハリウッド俳優が話すと、耳を傾けてくれる」
「他愛のないことでも有名人やセレブをすると、みんな注目する」
 
 
これらを口にするのは二人のハリウッド俳優ですが、おそらく真の語り手は難民その人自身(か、アーチストのキャンディス・ブレイツ)
 
 
構造に気づくと、ぞっとします。
 
 
 
ダメ押しは、巨大スクリーン裏手の部屋にある6つの小さなモニター。
これらモニターは、俳優のスクリーンに比べ、かなり小さく、6つ並べても俳優スクリーンには及ばないほど差があります。
 
6つのモニターのなかでは、実際の難民6人が実体験を語っている映像が流されています。
その内容は、アレックとジュリアンが断片的に語っていたもの。

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つまり、アーチストのキャンディス・ブレイツが行ったのは、
 
実際の難民6人の実体験を二人のハリウッド俳優に(いかにも自分の体験であるかのように)語らせ、
さらにそれら6つのストーリーを分解し、
断片的にカットバックさせ(<人々の興味や関心を惹くための技術>)、示すというもの。
 
 
 
 
この「ラヴ・ストーリー」の作品の優れているのは、
鑑賞者自身も知らず知らずのうちに『アテンション・エコノミー』のトラップにかかっている、というところです。
 
 
ハリウッド俳優が語る巨大スクリーンの部屋と、名も知らぬ難民6人のモニターの部屋とで、どちらが滞在時間が長いかというと、明らかに前者。
 
これは自分だけでなく、他の鑑賞者もそうで、巨大スクリーン前では人がいっぱい画面を見つめている(注目している)のに、6つのモニター前には誰もいない(無関心)、なんてこともありました。
 
鑑賞者自らが『アテンション・エコノミー』の証明者になってしまっている。
 
 
 
 
 
 
情報過多の時代では、情報の内容よりも、人々の興味や関心を惹くための技術が重要視される『アテンション・エコノミー
 
 
たしかにこれだけ情報が溢れていると、正しい・必要・大切・切実、という価値だけでは注目なんてしてはくれない。
もっと刺激的なコトバなり行動なりで、注目を集めるための工夫を凝らすようになっています。
分かりやすく刺激的なコトバが見出しとなって飛び込んできて、それがすべてだと簡単に思い込んでしまうところがあります。
 
危険だな、と分かっちゃいるが自分自身もそういう方向で考えるようになってきているし、その奥底の部分まで調べたり考えたりするのは面倒でいちいちやってられない。
 
だから、ひょいと「注目のコトバ」に飛びついちゃったりもしている。
 
 
 
 
 
 
アテンション・エコノミー』なんて、横文字で言われるとピンとこないかもしれないけれど、トランプ大統領とかN国とか、まさにそんな感じ。
 
 
アテンション・エコノミー』を日本語で訳すとなんだろう。
 
 
注目の経済?
低コストで届ける注目?
効率的に注目を集める?
 
 
 
 
 
最近話題の映画で「主戦場」というのがあります。
慰安婦問題についていろいろな人にインタビューしている映画、らしいです。
らしい、というのはまだ観ていないからです。
 
観ていないから、ここで引用するのは正しいのかどうかはわかりませんが、「主戦場」の公式サイトに寄せたコメントに、こんなのがあります。
 
 
ライターの武田砂鉄さんのコメントです。
 
【味付けの濃いほうが目立つ。味付けを濃くするのがうまいのは誰か。その濃さに国家の中枢が乗っかっているのが現在の日本だ。】
 
 
 
ああ、日本語で言うと【味付けの濃い】かもしれない。と思ったりもします。
 
 
でも、観てもいない映画のコメントを、ここで紹介するのが相応しいかどうかも調べずに、しらっと引用してしまうのも、アテンションエコノミっちゃってるってことなのか?
 
 
 
それにしても「ラヴ・ストーリー」というタイトル、捉え方が難しい。
 
 

 

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