四間道・円頓寺S11。毒山凡太朗「君之代」
その作品は、高齢の男性女性数人がただインタビューに答え、ただ歌を歌っている映像。
ところがその「ただ」が、単なる「ただ」じゃないから見続けてしまう。
登場するのは、日本統治時代に日本の教育を受けた台湾の方々。
いまはもう高齢で、健忘症だの、忘れちゃったかな、と口々に呟きますが、それでもインタビューには見事な日本語で受け答えしている。
会話だけでなく、教育勅語を早口言葉のように暗唱する老人もいる。
そして、「覚えている日本語の歌は?」のリクエストにも答える。
インタビュアーである毒山さんに気を使ってなのかどうかはわかりませんが、当時の日本の教育について悪く言う人はいない。あの教育があったから今の台湾がある、とまで語る人もいる。
登場する老人たちは何歳くらいだろう。
台湾における皇民化教育は1930年代後半から40年代はじめだと聞いている。
1945年に統治が終わって70年以上が経過している。
70年前の記憶が、いまもまだ頭の中のどこかに確かにしまわれていて、パチンとスイッチが入ると瞬時に蘇ってくるという事実。
このインタビューや問いかけがされるまでは、きっと日本語も日本の歌も口ずさむことなどなかったのではないかと思います。
それが、電池を入れ替えた時計のように急に時間が動きはじめてしまった。
どれだけの強さで、深さで、刻まれていたかを想像すると、ぞっとする。
映像を見ながら、同じ会場内にいる人の姿を盗み見してみた。
暗くて定かではありませんが、
50代60代あたりの人がいる。
20代らしき世代もいる。
あいちトリエンナーレのテーマ・コンセプトは、「情の時代」
そこには英語で、「Taming Y / Our Passion」もある。
Tamingという単語は、今回はじめて知った。意味するところをそれまで知らなかった。
Tamingには、
飼いならす
支配下に置く
従わせる、などの意味があるらしい。
毒山凡太朗「君之代」は、台湾の老人たちが、
ただ日本語を話し、ただ日本語の歌を歌うだけの作品。
でも、その「ただ」であることが効いている。
その場では消化しきれず、「なにか」を持ち帰らざるを得ないからだ。

古写真が語る 台湾 日本統治時代の50年 1895?1945
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