<いつも無表情でたまに笑う> より <いつも笑っていてたまに無表情> のほうが疲れるから…

今日は何も見るものないなぁ、という凪のような一日。
なけりゃ見なくてもいいのに。
てなわけにいかないのが動画中毒者の情けないところでなんともお恥ずかしい。
 
で、ハードディスクの録画一覧から選んだのは数年前の一本。
ドキュメント72時間〜宮崎・路上ピアノが奏でる音は」です。
 
学生におじさんおばさん、サラリーマンや飲み会帰りが、街角に置かれた路上ピアノの前にぶらっと現れてはさらっと奏でてほいじゃぁと去っていく。
カッコいいなぁ。
こんなふうにさりげなくピアノが弾けたら人生どうなってたかなと、あり得ない世界を想像してたら、こんなインタビューの声が聞こえてきました。
 
 
「ずっと笑ってます。たまに無表情になりたいなとか思います」
 

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奄美大島出身の高校生で、進学のためひとり宮崎に出て寮で暮らしている。
寮だと一人になれる時間と空間がなく、泣きたいときでも涙を我慢するときがある。
 
 
だから、
「ずっと笑ってます。たまに無表情になりたいなとか思います」と。
 
 
照れ隠しなのか、かすかに笑いを混ぜた彼女のその言葉はとても素直に響いて届き、たったそれだけで寮での日常がほのかに浮かんできます。
 
 
たぶん彼女はとてもやさしい。寮の仲間や世話してくれる人を心配させちゃいけないと、いつだって声を曇らせることなく笑っている。
 
 
おはよーいってきまーすただいまーごちそーさまー
 
 
奄美大島で家族とともに暮らしていたときは、笑いたい時に笑って、怒りたい時に怒って、泣きたい時に泣いていた、だろう。
 
でも、
親元を離れ、奄美大島を出て、寮という集団生活に入ったとき、笑いをマスクにしての過ごし方が便利、と気づいてしまった。
そういうキャラクターでいくと、決めてしまった。
 
 
<いつも無表情で静かで、たまに笑う>
よりも、
<いつも笑っていて、たまに無表情で静かになる>
のほうがうんと疲れるんです。
 
 
だから世のおじさんたちは無愛想でむすっとした顔で偉そうなんです。
疲れたくないから楽しようとしてるんです。
本人は楽なんだろうけど、周りは気を使って疲れてるってことに気づいていないんです。
平気なんです。
ずるくて情けないね、おじさんたちは。
 
 
宮崎の街角のこの路上ピアノで弾くのは、ふるさとで繰り返し弾いた曲、らしい。

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