「アイドルやってます」の時代

今はそういうことなんだろうな、とはわかってはいます。頭では理解しています。
 
テレビのバラエティ番組に出てくる若い女性の皆さんは、
堂々とためらうことなく自分のことをそう称しています。
 
いつから語源を離れた、そんな意味合いになったのかは知りません。
 
自分も10代の頃は、雑誌の切り抜きや付録のポスターを壁や天井に貼って、眺めたりしたものです。
この人たちはテレビの向こう側にしか存在しなくて、一生出会うことはないんだろうなと、あきらめていました。
多くの人に愛され、慕われ、輝きの場に立てる者にだけ与えられる、煌めく王冠のような呼び名を持つ人たちだと思っていました。
その名は、自らが名乗るものではないと固く信じていました。
 
でも、
今はもう煌めく王冠を誰もが手にしています。多くが自ら名乗っています。
 
 
 
 
 
 
先日、10代の女性と仕事をしました。
顔合わせを済ませ、演じてもらうシーンやカットを説明しました。
撮影準備が整うまでまだ少し時間があるので、ちょっとお話でも。
 
と、最近はこうした会話は気を遣います。
あまり立ち入ったことを尋ねてもいけないし、10代とは年の差がありすぎて加減もむずかしい。
しかし撮影を和やかな雰囲気で進めるにはある程度のコミュニケーションは必要です。
 
 
 
「学校以外、ふだんはなにしてるの?」
 
 
彼女はいやな顔ひとつ見せず答えてくれました。
 
 
 
 
 
「アイドルやってます」
 
 
 
 
 
わかってはいます。頭では理解しています。
 
 
 
 
「アイドルやってます」
 
 
 
今はそういうことなんだろうな。
21世紀のアイドルとは、職種であり職業名であり、ジャンルなのだ。
カメラマンやスタイリストや弁護士のような専門的職業名なのだ。
自己紹介の場で自らが名乗ってもいい呼称なのだ。
 
 
ロケ場所の貸しスタジオの南に面した窓が大きく開いています。
緊急事態宣言のなか、換気は欠かせません。
ときおり室内に吹き込んでくる風に冷ややかさを感じるようになりました。
2021年の夏が終わろうとしている、ある日の出来事です。
 
 
 
 
 
後日、その現場にいっしょにいた20代前半の男子に、あれどうなの?どう思う?って聞いてみたところ、
 
 
 
「え?そうですか?ぜんぜん違和感ありませんでしたけど」とあっさり答えてくれた。
 
 
 
そうか、いまはやはりそうなっているのだ。
 
天井を見上げては一生出会うことないんだろうな、とため息をついていた10代の自分に教えてあげたい。
 
おい、お前はン十年後に、自らアイドルと名乗る女性といっしょに仕事ができるんだぞ、と。