オープンロケの日が近づいてくると、スタッフ間でこんな論争が繰り広げられます。
「まずいなぁ◯◯さん、雨男なんだよな」
「だいじょうぶアタシ、雨女だから」
とかなんとか、全く根拠のない無理やりな具体的な例をあげた軽口が、制作の現場では飛び交います。
ロケ前の緊張を和らげるお約束の清涼剤として受け流せばいいのですが、私はあえて断言します。
「雨男雨女は存在しない!」
存在するだけで雨を降らすことができるなんて、スプーン曲げ以上の神秘です。
どれだけ気象衛星が打ち上げられようとも、キミたち雨女GoGoボクたち雨男GoGoと、未だ雨男雨女信仰は衰えをみせません。根拠なきその力は広く強く固く信じられています。
しかし、反面、いっぽう、不思議なことに、
<あれ>に関してはひとりの力がまったく信じられていません。
行動を起こせば確実に影響を与えることができるのに、自分ひとりの力なんてと、諦めちゃっているところがあります。
雨男雨女よりも確実な<あれ>
18歳以上ならば、誰にでも等しく備わっている<あれ>
そう、投票力。
え?どこを選べばいいのかわからない?
特に応援するところがない?
どうせ変わらない?
期待してない?
添付の意識調査の、
「自国で誇れるものは」の問いから「将来発展していく可能性があること」を選んだ日本の若者の割合を見ると、
これは、
かなりショックです。
ずっと投票率が低いからなにも変わらない。
て、
ことは、
ずっと行っていない人が投票に行けば、
ほれ、
変わる可能性がぐんと高くなる。
てことかもしれない。
つまりそれが、投票力。
雨男雨女なんかよりも、確かです、これ、ほんと。