目的地まであと二駅というところで読んでいた小説がちょうど区切りがついたので、栞をはさんで、本を閉じた。
顔を上げて車内を見回すと、目にうつる乗客が、全員スマホで全員マスクだった。
マスク警察が盛んだったころ、地下鉄で正面に座る女性が小さなハンドタオルを口元に当て、うつむいていた。気持ち悪いのかな、吐かれたら困るな、と心配になったけど、すぐに気づいた。
あ、この人マスク忘れたんだ。
スマホがまだ今ほど流通していない頃、本屋でおじいさんが書店員を呼び止めて、こう尋ねていた。
二駅あると、いろいろなことを思い出す。
全校あげて「席をゆずる運動」をしている学校で一位をとった子が、一位になる秘訣は?と問われてこう答えた。
「まずは座ることです」
その子は電車に乗ってもスマホを触ることなく、駅に着くたび扉を凝視し、自分をいい子にしてくれる人が乗ってこないか待ちわびていたんだろうか。
二駅あると、いろいろなことを考える。
あんかけパスタの種類に、ミラネーゼというのがある。
しかしこれ、いつも注文前にググるのだ。
ミラネーゼかミラローズかミネラーゼかミロネーゼか、わかんなくなる。
パスタはくせ者で、注文前にググらないと不安でしょうがない。
わかんなくなるものは他にもあって、
ユーミンこと、《まつとうやゆみ》の《ゆみ》の漢字は、由美か由実か問題。
人を傷つけることに平気だった10代に、こうして覚えた。
美しくない方。
目的地まであと一駅。
まだいろいろ考えられる。
少し前、イメージが悪いからと、テレビ局のAD(アシスタントディレクター)の名称を変えるとかなんとかという話題があった。
お偉い人たちがネーミングを出し合ってこうすれば解決すると、ああだこうだやっている会議室を覗き見したい。
「次は◯◯」という目的地を知らせるアナウンスが聞こえてきた。
会議といえば、こんなオーダーが飛び出たオリエンがあった。
「見たことのない映像を作って欲しいからサンプル映像がほしい」
一瞬、Mr.マリックのマジックを目の前にしたような感覚におちいってしまったけれど、同席の人の「わかりました!すぐにサンプルをご用意します!」のひと言は、それを上回っていた。
さあ、そろそろ駅に着く。
駅についたらまずはお昼ごはん。
もちろん食べるのは、
ミラローズ?
ミラネーゼ?
ミネラーゼ?
ミロネーゼ?