フリーランスはヒマなのだ

フリーランスのお友だち〜本・映画・テレビ・ネット

1967年のSNSはすごかった。森とんかつ泉にんにくかーこんにゃくまれてんぴら

「スター誕生と歌謡曲黄金の70年代」
 
副題だけを目にすると、なんか俗っぽくてタレント暴露本の香りがするけれど、いやいやなんの見事なドキュメントでした。
阿久悠「夢を食った男たち」。
スター誕生、ピンクレディ、GS(グループサウンド)など60年代から70年代の日本の音楽史(歌謡曲・アイドル)を阿久悠自らドキュメントしていて、当時ブラウン管(!)のこちら側から眺めていた身としては懐かしさだけでない興奮さえ覚えます。
また阿久悠の文章が惚れ惚れするようなカッコ良さで付箋だらけとなって文庫が1.3倍ほど膨らんでしまいました。
 
アイドルの売り出し方、音楽を通じての時代の作り方など、ビジネス書としても読めるおすすめ本です。
と、ここまでが前置き。
 
 
 
記憶というのはとんでもないところにスイッチがあるものです。中にほんの数回出てくるだけの固有名刺をきっかけに、いま頭ン中である替え歌がグルングルン渦巻いています。
 
元歌はこれ。
♪~森と泉にかこまれて 静かに眠る ブルーブルーブルー・シャトウ~♪
 
フルートを手に歌うなんだかおかしな楽器編成のバンド(ブルー・コメッツ)の、1967年(さっき調べて分かった)のヒット曲(「ブルー・シャトウ」)です。
 
しかしこの歌、あの頃小学生だったあなたとあなたは、おそらくまともには歌っていなかったと思われます。こう歌ったんじゃないですか。
 
 
 
♪~森トンカツ 泉ニンニク かーこんにゃく まれテンプラ 静かニンジン 眠ルン◯ン~♪
 
 
 
 
それにしてもなんだったんでしょう、このしりとり的な流れ、心地よさ満載です。
昭和の子どもたちは一度は口ずさんだ記憶がおありでしょう。
 
しかも最後は「ルン◯ン!」。ルン◯ンなんて単語、今は死語というか気軽に口ずさむことがはばかれます。あの頃は駅前とか橋の上とかでよく見かけました。
今は呼び名を変えていますが、ドイツ語の「ルン◯ン」はダメで、英語のHomelessがOKな理由がよくわかりません。
 
 
それはさておき、この替え歌の発生源はなんだったんでしょう。
 
1967年というとインターチェンジはあったけれどインターネットの欠片もなかった遠い歴史の彼方。子どもたちの情報源といえば、テレビか雑誌しかありませんでした。
テレビか雑誌か。どうも臭いのがテレビ。
 
なんたってあの頃のテレビには、「あったり前田のクラッカー」とか鉄人28号の「グリコグリコグ~リ~コ」といくつかの前科があって、となると容疑者はぐんと絞られ、じっちゃんの名にかけてテレビという線が濃厚です。
 
 
いやいやもしかすると広告代理店発、てのも考えられます。
「あったり前田のクラッカー」や「グリコグリコグ~リ~コ」がそうだったように、案外とんかつ屋、天ぷら屋から依頼を受けての替え歌、という線も捨て切れませんが、商品名や店名でなく一般名詞であることから、早々と疑いは晴れてます。この歌歌ってからこんにゃく食べたくなった、という記憶もないから。
 
 
なんにしろ理由もなく昭和の子どもたちはある日突然集団登校や校庭の片隅で大合唱していました。
 
改めて口ずさんでみて見事な替え歌だなぁと感心してしまいます。
 
 
 
2017年の今、口コミだのBUZZだの炎上だの、話題になりたいシェアされたい、を前提としたいろいろな企画物がネット上に氾濫していて、ときおり下心が見え隠れして食傷気味なところがあります。
たとえ面白く新しくハッとさせられるものに出会いシェアしてもほんの数日で次なるコンテンツが上書きしていって、あれちょっと前のアレってなんだっけ、となることもあります。
 
去年の流行語大賞も……はい、もうすっかり記憶にありません。
 
 
10年後20年後30年後平成の子どもたちは大人になって「♪~串に刺さっただんご~♪」「♪~ピーヒャラピーヒャラ~♪」と自然に口ずんだりするのでしょうか。
 
 
 
1967年の♪森トンカツ♪は流行という枠を越え、熟練の域にまで達している。一度自転車に乗ることを覚えたら一生忘れないように、♪森トンカツ♪は昭和の子どもたちの脳裏に刻み込まれているのだ。
 
去年のことは忘れても子供の頃のことはしっかりと覚えている。年寄りは昔ばなしが多いってこういうことね。